罪悪感

「なんで、こんなことで罪悪感感じてんだろう??」

最近よく戸惑いを覚える。

「あの人、私が話しかけたらちょっと嫌な顔してたな。迷惑をかけてしまったな。なんて自分は迷惑な人間なんだろうか。空気が読めてめていないのかな。自分ってホントにダメだなー。」

こんなことをしょっちゅう思い込んでしまう。とにかく「罪悪感」を感じてしまう。正直、あとあとよく考えるとその嫌な顔した人が本当に迷惑だったかとか、自分にはわからない。ただ、”嫌な顔”をみて自分が”迷惑”だと認識しただけである。相手の心情はもしかしたら違うのかもしれない。本当は「お腹が痛いなー」と思って元から嫌な顔をしていたのかもしれないのだ。

何が言いたいかというと「罪悪感」は自分の脳みそが勝手に作り出した妄想なんじゃなかろうか、といことだ。ほんとうにその「罪悪感」は自分が感じるに足るものなのだろうか。

「罪悪感」って実はあんまり価値が無いものだと思う。なぜなら「罪悪感」を感じたからといって何かが良くなるわけではない。「後悔」ならまだ使い道がある。「○○したから失敗した。今度は××に気をつけよう」このように将来的に失敗する可能性を減らせる行動に気づける。○○という「原因」がわかっているから、「××に気をつける」という「改善行動」が生まれる。

しかし、「罪悪感」は正直「原因」がわからないときに感じるように思う。自分の勝手な「推測」で自分に非があると感じて罪の意識に悩まされる、それが「罪悪感」だと思う。それはあまりにも損な感情だ。「自分が悪い」で終わてしまって次の「改善行動」に繋がらない。自分の心を傷つけるだけだ。こんな感情はできるだけ早く忘れるに限るように感じる。

では、利用価値の無い厄介な「罪悪感」を忘れ去るにはどうしたらいいのだろうか。私の経験上、一番やってはいけないのは「早く忘れよう」と躍起になることだ。一見有効に思えるが人間の脳みそは「意識しない」ようにすればするだけ「意識してしまう」のだ。不思議なことに。だから、余計「罪悪感」を感じてしまう。じゃあどうするか?自分が「罪悪感」を感じていると受け入れるのだ。「あ、罪悪感を感じてる。やれやれ、面倒くさいけど受け入れるか」。こんな感じに、「罪悪感」という「暴れる幼稚園児」をやさしく介抱するイメージで。そうすると「罪悪感」も暴れなくなる。それから「罪悪感」から自分の意識を別のモノゴトに移させる。何か集中できることがおすすめだ。料理、手芸、絵を描く、カメラで写真を撮る・・・など自分の好きなことを行う。そうしているうちに「罪悪感」もいつの間にか忘れ去ることができる。

「罪悪感」とは日常生活で必ず出てくる感情だ。それを以下に早く対処するか。これができるとさぞ、気楽に生活が送れるだろう。いろいろ工夫を凝らしたい。

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